■理想郷
セントシュタインの城下町に住みたい。
朝起きて、顔を洗い、服を着替えて、朝食をとり、歯を磨いて、用を足し、町へと出る。
朝の光を浴びる。
町から外へ出る。見習い悪魔や大木槌の目に細心の注意を払いながら、右手の草むらに転がっている毒蛾の粉を三つほど拾う。そして、間髪いれずに町へ戻る。
道具屋に行って、先ほど拾った毒蛾の粉を全て売る。〆て135ゴールド。
何処かで見た情報では、1ゴールドは1000円ほどの価値らしい。つまり135ゴールドは135000円。町の近くに転がっているほとんどの人が見向きもしないような物を売るだけで、こんなに儲かる。
これだけお金があるんだから、当然宿屋で暮らす。自分で色々やるのは面倒だから。一日の仕事は毒蛾の粉を拾うだけ。あとは自由。でも暇人だと思われるのが嫌なので、武器屋と防具屋でいっぱしの冒険者っぽく見える程度に装備を整える。しかし間違っても冒険には出ない。あくまで装うだけだ。だってモンスターが怖いから。
それじゃあ町や城の宝箱やツボ、タルから物を調達すればいいじゃないかって?
それがそうもいかない。毒蛾の粉と違って、あれらの中身は一旦冒険(生活)を終え、再開するという手順を踏まなければ復活しないからだ。実際にセントシュタインで暮らしている者に、一旦生活を終えるなんてことができるだろうか? それって死ぬことでは?
仮に、ツボやタルの中身を復活させることができたとしても、町の中でそれらを壊して、中身を堂々と持っていくなんて芸当、僕にはできそうもない。町の人から白い目で見られそうだ。それよりはわずかな危険を冒してでも毒蛾の粉を拾う方がいい。
普段は宿屋の従業員の皆さんの仕事っぷりをニヤニヤ眺めたり、泊まりにきた冒険者たちの話に耳を傾けたり、たまにはお酒をちびりちびりやりながら、すみっこの暗がりの席でぼんやり時を過ごす。もちろん自ら誰かに話しかけるようなことは極力しない。基本、人も怖いのだ。仮に話しかけられることがあったなら、内心ビクビクしながらでも、武器や防具は持っているだけじゃダメだとか、どこかの牧場でオリハルコン的な何かが光ったとか、役に立たないテキトーなことを言っておけばいい。運がよければ友達ができるかもしれないし。
だけど、ずっと宿屋にいたらやっぱり変な目で見られるだろうし、ぜんぜん冒険していないこともバレるから、気が向いたら町中を探検することにしよう。そして、会ったこともないじいさんの墓に参ったり、近所のじいさんと一緒に家を押したりするのだ。城に行くのもいい。色々と見学もしたいし、じいさんたちの歴史講義もとても面白いと思う。本当はじいさんと話すのも躊躇われるんだけど、可愛い女の子や怖そうなあらくれよりはずっと話しかけやすいはずだ。
そうして日々を過ごすうちに、もし誰かの努力のおかげで宿屋に地下ができたなら、そこに造られた泉に物が投げ込まれるようになる。掃除と称してそれらを拾い、売って暮らせるようになるわけだ。わずかな危険すら冒す必要がなくなる。
ああ、なんて9の世界は素晴らしいんだ! 僕だって生きていけそうだぞ!
という超絶ダメ人間の妄想です。
因みに、少し遠出をすれば、げんこつダケ(44ゴールド)を三つほど入手できるのだけど、取りには行かない。繰り返すことになるけど、そんな勇気はないから。それに、お化けキノコと間違えそうな気がしてならないんだ。